2008.07

BIOGRAPHY

85年 、コンテムポラリー・プロダクション設立。松任谷由実のアルバムジャケットの制作を機に本格的にジャケットデザインを始める。以降、ピチカート・ファイヴ、Mr.Children、MISIA、元ちとせ、GLAYなど、これまで手掛けたレコード&CDジャケット数は約900枚を越える。
98年、映画「代官山物語」を発表。桑田佳祐「東京」では2003年度のスペースシャワーMVA BEST OF THE YEARを受賞。
03年 リリー・フランキー脚本による短編映画「男女7人蕎麦物語」を発表。06年夏、初の劇場長編映画「男はソレを我慢できない」を発表。CMディレクターとしても活動し、Right-on、ワコール、オンワード組曲、DTC、newbalance、メナード、AC等を手掛ける。また、ソーシャルワーク系では、05年「ほっとけない世界のまずしさ」キャンペーン(ホワイトバンド・プロジェクト)、プロジェクト・レッド(モトローラ)等では、映像ディレクター、アートディレクターをつとめる。
06年、秋には坂本龍一氏と雑誌「エロコト」を創刊し、08年のカーボンオフセット年賀状ではトータル・デザインを手掛ける。
08年、自身の新境地である"書"を表現手法とし「信藤三雄の福は内展」を開催。そして今夏、高橋幸宏氏と共に野外フェスティバル「WORLD HAPPINNES」のキュレーター&総合デザインを勤める予定。
作品集に「シーティーピーピーのデザイン」、「続シーティーピーピーのデザイン 絶頂編」など。

DICTIONARY

ユーミンのシングル『VOYAGER』
ユーミンのシングル『VOYAGER』1984年2月にリリースされた、松任谷由実の20thシングル『VOYAGER〜日付のない墓標』。映画『さよならジュピター』主題歌として書き下ろされたナンバーで、映画の公開が遅れたため、'83年発売の同名アルバム『VOYAGER』には収録されなかった。
ピチカート・ファイブ、Mr.Children、GLAY、桑田佳祐など約900枚を超えるレコードやCDジャケットのデザインの仕事を手がけることになる。
高橋幸宏
1952年、東京生まれ。'72年、サディスティック・ミカ・バンドに参加。'78年、細野晴臣、坂本龍一と共にイエロー・マジック・オーケストラ(YMO)を結成。'08年に高野寛、原田知世、堀江博久らと結成したpupaなど、さまざまなユニットで活躍する他、ソロとしても活動。また、ファッション・デザイナー、俳優としての顏も持つ多彩な人でもある。
イラストレーターの湯村輝彦さん
1942年、東京生まれ。ポップとエロが混ざり合った強烈な画風で人気を誇る、日本のデザイン界を代表するイラスト・レーター、漫画家、アートディレクター、デザイナー。矢吹申彦、河村要助とともに「100パーセント・スタジオ」('72年解散)として活動していたことも。ブラック・ミュージック・フリークとしての著書も多数。
ピチカート・ファイヴの小西くん
1984年に結成され、'01年に惜しまれつつも解散したピチカート・ファイヴのリーダー、小西康陽のこと。音楽、映画、アート、文学などに対する、膨大な情報量と高い審美眼を誇る知識人としても知られる。その小西氏と信藤三雄氏のコンビネーションにより生み出されたピチカート・ファイヴ作品の数々は、”渋谷系”という新たなシーンを生み出しただけでなく、今なお国内外の音楽シーンやポップ・アート界にも大きな影響を与え続けている。
渋谷系
'90年代初頭に大流行したポップ・ミュージック・ムーヴメント。'60〜'70年代のポップスやソウルなどの洋楽を、'90年代風に解釈したサンプリング感覚の強い音楽性、'60〜'70年代のデザインからインスパイアされたアート・ワークで、音楽界のみならず、モード界やアート界にも大きな影響を与えた。代表的なアーティストは、ピチカート・ファイヴ、フリッパーズ・ギター、オリジナル・ラヴ、カヒミ・カリイ、ラヴ・タンバリンズ、カジヒデキなど。当時、彼らが好むマニアックな音楽を渋谷・宇田川町界隈のレコード店が中心となり発信していたため、”渋谷系”と呼ばれるように。
椎名誠
'1944年、東京生まれ。流通業界誌の編集長を経て、『本の雑誌』を創刊。'79年に『さらば国分寺書店のオババ』でエッセイストとしてデビュー。現在は、作家、エッセイストとしてのみならず、写真家、映画監督など、幅広い分野で活躍中。
フリッパーズ・ギターの小沢君、小山田君
1989年『three cheers for our side〜海へ行くつもりじゃなかった〜』でメジャー・デビュー。当初は5人組だったが、'90年発売の2ndアルバム『CAMERA TALK』以降、小沢健二と小山田圭吾の2人組として活動。洋楽志向の強いポップでクールなサウンドと甘い歌声、フレンチ・カジュアルなファッションで、音楽通からオリーヴ少女までを夢中にした。'91年の解散後、小沢はソロ、小山田はコーネリアスとして活動中。