Walkin' Talkin' -徒然ダイアローグ-

sunday 21:00-22:00 ONAIR

1 week talking

1 week talking

「インディーズ時代」
IKE)SPYAIRのインディーズ時代は5年。でもその前にもバンドを15歳から始めていて、SPYAIRって名前になったのはギターのUZが入ってから。ドラムとベースはずーっと一緒ですね、10年来の。
TERU)じゃあうちとすごく似てるんだね。結成したのは16歳から。今年で30年迎えるんだけど。うはははは〜(笑)
IKE)30年かぁ!
TERU)よくその当時GLAYって名前つけてたなぁ、と。
IKE)めちゃめちゃ新しい名前ですよね。
TERU)RをLに変えたのは、よく一文字変えるのが流行ってて、BOOWYのOに斜めの棒が付いていたりとか。
IKE)あれ?なんかこれうちとちょっと似てるかも!僕らもSpywareっていうコンピューターウィルスの名前をちょっと文字っちゃおうぜって言って。
TERU)じゃあ10年タームで同じ時代が来るんだねぇ。
IKE)インティーズ時代はどれくらいあったんですか?

TERU)俺たちは上京してきたのが18歳で、デビューしたのが23歳なので5年間くらい。でも最初の1年間はなかなかライブ活動できなくて、バンドの形態も俺とHISASHIとTAKUROはいたんだけど、当時函館で仲間だった違うバンドのベースが来てくれていた。でもドラムが見つからないからってHISASHIがベースを弾いて、ベースがドラムを叩いて、その4人でずっとやっていた時期があって。なのでその頃もインディーズ時代って言うんだったらがっちりやってるね。 当時ドラムがいなくて、それこそ「バンドやろうぜ」で募集したり。
IKE)バンやろで募集を!?それ欲しいなぁ。
TERU)あとスタジオ行くとバンド募集の張り紙がいっぱいあった時代なんで。
IKE)メン募ですね。
TERU)今みたいにインターネットがないからね。スタジオとか雑誌とか、電話がない家がメンバーの中であったくらいだから。
IKE)そういう音楽の情報とかいろんな情報が少なかった中で、どういうきっかけで俺たちバンドやろうぜ、みたいに至ったんですか?
TERU)もともとバンドブームもあって高校時代にバンドを組んでいて、GLAYが結成されていたので。で、ちょっと人気が出たんだよね。当時からオリジナルやっていたので。
IKE)なんだろう被ってる!うちもなんですよ!コピーが逆にできなくて。
TERU)できなくてね〜。たまーに文化祭とかやるときはカバーとかやってたんだけども。で、人気が出てきて、これもったいないねってことで上京して。そのままの流れでやっていたんだけど定着しないメンバーもいて。で、JIROが1つ下でバンドやっててまた上京してきて。TAKUROがすげぇ可愛くていいベースいるから一回試しに合わせてみていい?って言われて。
IKE)可愛くてって感じなんですね(笑)

TERU)そう(笑)で、セッションした時にすごくよくて、じゃあ手伝いしてもらっていいかい?ってことで、それから今のGLAYが始まって。
IKE)すごいな〜。
TERU)(俺は)印刷会社でもともとセールスマンをやってたので、俺がライブハウスとかレコード屋さんとかに行ってテープを置いてもらって。そしたらJIROが入って1年後にデビューっていうね!
IKE)大正解だったんですね!才能があっても広げ方がわからなかったり…。人への届け方って難しいですよね。
僕らは人に届ける方法が、ずっとライブハウスみたいなところでやってたんですけど、なかなか見出せなくて。このままだとうんともすんとも行かないぞ、と思って街に出たんですよ。外でストリートライブをやり始めたんです。買い物しているおじいちゃんとかおばあちゃんとか酒飲んでるおじさんとか、名古屋の繁華街に音が出せるスペースがたまたま存在して、ちゃんと市に許可をもらって機材を入れたバンド活動を、そこを拠点に。それで少しずつ火がついたというか、人を集めてワンマンライブみたいなことができるようになって。
TERU)当時はインターネットとかはだいぶ普及してるよね?
IKE)ありましたね。言ったら自分たちでポスターとか作れるような時代になって。CD-Rで自分らの音源を。レコーディング環境とか普通の人たちでもできるようになってきていて。
TERU)そうだよね、カラオケボックスで歌ったやつがCDになる時代だもんね。
IKE)少しずつできる時代になってきましたね。大変でしたよね…。

on air楽曲

テーマ「10代の頃、心動かされた曲」
I Don't Want To Miss A Thing/Aerosmith
IKE)バンドをやり始めてから聞いて、10代後半 高校卒業後(?)くらいに好きだった、王道ロックバンド!バンドを始めた、憧れたきっかけが洋楽。
JUST ONE MOREKISS/BUCK-TICK
TERU)16歳の時にこの曲を友達の寮でみんなで一緒に聞いていたのを思い出す。
テーマ「インディーズ時代、憧れていたアーティストの曲」
Got The Life/Korn
IKE)ダウンチューニングしていかにカッコよく、暴力的に、ということに憧れた10代。HIP HOPが混じってきてリズミカルでかっこいい音楽。
LA VIE EN ROSE/D’ERLANGER
高校三年生の時。真っ黒な衣装で髪立てて。ボーカルのKyoさんはバンダナを巻いてきついメイクをして、めっちゃくちゃカッコよくて。当時憧れている人が多くて、どの函館のライブハウスに行ってもKyoさんのような人ばかりだった。
テーマ「今この時代に聞いてほしい曲」
MIDNIGHT/SPYAIR
いつもとはちょっとテイストが違っていて。大人のドロっとしたエロティックな部分を出していきたいということで、MVも夜のビルが見える屋上で撮らせてもらった。
the other end of the globe/GLAY
ベネチアングラスのアーティスト・土屋さんをテーマにした曲を作っていて、2年前に「サンマルク広場でGLAYを見てみたい!」と言ってくれたのをきっかけに、ベネチアの空に響かせる壮大な曲ができた。

2 week talking

2 week talking

「ボーカリスト」
TERU)「HOWEVER」の最後の一番キーが高い所は97年から2005年頃までは出るか出ないかで精神的な所がツンツン突かれるような曲だったけどガラガラでもいいから一生懸命歌おう、と思えるようになったのが2010年くらい。吹っ切れたんだと思う。東北の震災や 大変な思いをして生きている人たちに、出るか出ないかで気にして歌っている姿、想いで届けたくないなと感じて。どっかで50歳、60歳になった時の自分を思い浮かべた時に「HOWEVER」は絶対歌って行くなと思ったんですよ。その思いがミックスという歌声(地声とファルセットの中間の声で歌うという歌唱法)があって、2014年からその歌唱法で歌うと気持ちよく出るようになって。こういうやり方も一つ大人になったってことなんだなぁと。
IKE)曲が押し上げてくれたってことですよね。新しい道に。
TERU)こうやって一つずつ大人になって、60代になった時に最後の一言はファルセットで歌うかもしれないけど、でもそこに歌っている自分が存在するっていうだけでいいんじゃないかなって思える。
そして「HOWEVER」を30年40年歌い続けてきたっていうその歴史があればいいんじゃないかなって思えるようになったのがここ最近なんだよね。
IKE)「HOWEVER」はGLAYを支えてきた人、聞いてきた人にとってすごく重要な楽曲なんですよ。それがTERUさん、歌い手にとっても、自分が曲と対峙し続けてきてる曲なんだっていうのを聞けて、GLAYっていうものを知っている人すべてにとって「HOWEVER」はやっぱ大事、重要点だったんだな〜って。
TERU)辛いことも体験させてもらったし、幸せなこともね。歌番組で「HOWEVER」歌う時に朝まで仕事してて。

IKE)そんなん出るわけないよ〜ってありますよね。
TERU)もう忘れもしない、98年かな?歌番組でリハーサルでも出なくて、カメリハでも出なくて、もう悔しくてトイレで泣きながら嗚咽を漏らしていたらTAKUROがコンコンコンって、「TERU、出なくてもいいんだよ!大丈夫だよ!」って言ってくれたワンシーンを思い出すっていうね。
IKE)めちゃくちゃドラマあるじゃないですか!やっぱキーの問題とかどうしても踏ん張っても声帯はそれ以上開かないし。
TERU)インターネットが普及すると“出てなかったですね”とか目にするわけじゃん。余計ストレス(笑)
IKE)でもTERUさんは年齢を重ねてもハイピッチの所まで出るし、昔よりスムーズになりましたよね。
TERU)そう、スムーズになった。それは歌い方を変えてきたからかもしれないね。60歳というところが自分の目標になってきてからは、一生懸命歌っているのが素晴らしいって時代もあったけど、僕らが音楽をやっている理由は音楽を聴いてくれている人たちがそこにいて、支えてくれている人がそこにいて、そのGLAYの音楽というものを一つの媒体としてコミュニケーションをとるという、コミュニケーションの一つのツールとして考えると、声が出る出ないを落ち込むよりは、一緒に歌ってよ、っていうお互い信頼できる関係があってもいいんじゃないかなと思える。続けるってそういうことだよなって思う。
IKE)間違いない。

TERU)今年ね、金沢のライブがJIROの体調不良でできなくなって。その時にもやっぱり思った。4人で立って演奏できるっていうことがどれだけ素晴らしいことかって。
IKE)ほんとそうですよね。ボーカリストが歌が歌えなくなるってことはバンドとしての形をなせなくなっちゃうじゃないですか。届け役がいなくなっちゃうから、もちろんライブはできないし、みんなに会える機会を無くさせてしまう。僕も何度か声帯が不調になってしまって、喉のポリープが2回できたことがあって。インディーズ時代に一回やってるんですね。4年くらいまえにもう一度切除はしたんですけど、っていう状況の中でメンテナンスって結構気にしてきましたね。無限ではないってことを自分でもちゃんと意識するようにはなって、無限じゃないから自分で調整して大きくスケジュールも管理していかなきゃいけないので2本ライブやったら1日休んで、とかそういう工夫はするようになりましたね。
TERU)さっきも言ったけど そこに存在してくれるだけでいいんだからね。本当なんだよ?ファンの子たちが求めてるのはSPYAIRって自分たちが大好きな人たちがそこにいてくれることがどんだけ幸せかってこと。
IKE)ありがとうございます、TERUさん!泣きそう! 僕は色々考えた中で 自分が歌えなくなってしまうとバンドが活動できない、だからファンが悲しんでしまうから ある選択をしたんですね。キーを調整しました。音源だったらいくらでも出せるものでも、ライブで20曲以上連続でやる中では厳しいなってものを、バンドで適正に合わせてもらってライブでの披露の仕方を。妥協といえば妥協ですが。
TERU)妥協じゃないと思うな。
IKE)僕はこれだったらGLAYみたいに30年続けることができる、未来を見てそういう選択をしましたね。

on air楽曲

テーマ「学生時代バンドでカバーした曲」
HOW/ZIGGY
TERU)寮のある就職先。その研修旅行先でご飯を食べてからの歓談タイム。バンドの夢があって上京していることを同僚にも話していたのでTAKUROと一緒に、たまたまそこにあったギター1本でこの曲を歌った。
Take Cover/Mr.Big
IKE)SPYAIRでカバーしようとしたことがあります。このリズムをドラムが叩けなくて…。できなかったっていう思い出の曲。
テーマ「ライブパフォーマンスが凄いアーティスト、の曲」
Smells Like Teen Spirit/NIRVANA
TERU)「Nevermind」のライブビデオを見て衝撃を受けた。破天荒なバンドだけど今でもいろんなミュージシャンに愛されている音楽の良さを感じる。
ギリギリchop/B’z
IKE)“SUMMER SONIC”は洋楽アーティストが多い中、いろんなライブを見た中ダントツにどう考えてみたってB’zがかっこよかった!日本の音楽って、少し小馬鹿にしていた時期もあったけど、日本人のアーティストがステージで負けなかった瞬間を見て、俺らも頑張るしかない!という希望をもらってB’zの音源を全て聞き直しました。
テーマ「ライブで成長した曲」
HOWEVER/GLAY
TERU)いろんなところでいろんな風景を見せてくれて、2004年にユニバーサル・スタジオ・ジャパンでライブをやった時にはこの曲を歌って大泣きしたっていうこともあって。目の前のファンの子たちが大変な思いをして来てくれたことに対して、いろんな愛情を感じた。今年は自分の夢のスタートラインとしてベネチアでのアコースティックライブで披露。この曲を歌った時に、言葉も僕の事も一切わからないイタリア人の方が「この曲はいい曲だ、歌っている内容を教えてくれ」って日本人スタッフに聞きに来たっていうことも。
ジャパニケーション/SPYAIR
IKE)最初声が出なくて、ミックスと言われる声を初めてこの曲で手にしたんですよ。この曲を歌うために。ハイピッチだった為にミックスを使わないと対応できなくて、楽曲に成長させてもらって。その時もすごくギリギリだったんですね。でもリリースしたからには長いこと歌いたい。今でもやってるんですけど、この曲を歌うために自分は努力しているし、バンドとしても演奏が昔と違って今やると上手くなったなって自分らで感じる曲。

3 week talking

3 week talking

「MY HIT:趣味の話」
IKE)知ってますよ、TERUさんの大好きなものは!
TERU)IKEくん、あれ俺の趣味じゃないから、俺の生活の一部だから!趣味って言わないでくれる?(笑)
IKE)趣味の域を超えているレベル(笑)
TERU)ファイナルファンタジー14ですけど。
IKE)実際、1日のうちにログインしない日はあるんですか?
TERU)PS4ではあまりログインできていないんだけど、ノートブックのMac Book Proに変えたらいつでもできるから、Wi-Fiとんでたら開けちゃうね。ちょっとでも時間あったら(笑)
IKE)僕もモンハンとか、潜っていくインドア派のものも大好きなんですけど…

IKE)もう一個大きな趣味があって。幼少期からずっとやっていた釣り!
バス釣り出身ですね。大人になってから海も行けるようになって釣り具も揃えられる。それで海の方も最近では出るようになったんですけど 地元ではもっぱら野池、普通にある池にバスが結構いたので すごくバスフィッシングは流行りでした。その頃に始めてもう何年…15年。バンドと同じくらいやってんのかなぁ。だからたまに愛知県に帰ると、そういう懐かしい野池の様子を見に行くんですよ。今どんな感じなのかな、育ってんのかな、みたいなのをチェックしに帰って、今年の◎池、◯池、△池、とか決めたり。
TERU)俺も一回はまったな。琵琶湖に行ってバス釣りしてた。
IKE)日本で一番いいのは琵琶湖ですかね、バスフィッシングだと。

TERU)あんまり興味がなかったから湖とか行く習慣がなかったけど、行ったら「あれ、これ海なんじゃないの!?」と思うくらい広かった!
IKE)僕、愛知県だからすっと車で行けたから。そういう環境があって。東京に来てからはなかなか公園とかの池って全部、釣りはダメなので。今は海に出てジギングっていう50m、60mとかルアーを落としてずっと上まであげてきながら。
TERU)シーバスってやつ?
IKE)シーバスも釣れますね。
そんな感じですかね。モンハンと、釣りと、それなりにケータイゲームもやりますけど。
TERU)FF14も釣りできるよ♪
IKE)できるんですか!
TERU)できるできる!釣りの職人になれるよ。それだけ好きだったら。
IKE)なんだ、オンラインの世界にもあるじゃないですか!僕のスペースが(笑)

on air楽曲

テーマ「最近のMY HIT SONG」
Castle On The Hill/Ed Sheeran
TERU)朝のテレビ番組を見ていたらギター1本で弾き語りをしていて、それが衝撃的で。 めちゃくちゃ歌うまいし声がめちゃくちゃ良くて、その時はあまり知らなかったからアコギで歌う人なのかなーと思っていろいろと調べて音源を聴くとめちゃめちゃ良くて。ギターも可愛くて。ショートスケールでリトルマーチンという小っちゃいアコギで。これ欲しいと思って同じモデルをすぐネットでポチッとした!
感情のピクセル/岡崎体育
フェスでもご一緒して仲良くなった。ちょっと途中から歌詞が振り切る、言葉を悪くするとふざけまくってるところが僕の中でヒット。ミュージックビデオが工夫されていて、チェックして欲しい!すごいバンドのことを理解していて、すごいディスってくるんですよ。彼からすると僕らはディスられる側だけど、妙に面白い。
テーマ「20代のリスナーへ、失恋した時にオススメの曲」
Heavy feat. Kiiara/LINKIN PARK
TERU)いろいろ考えていたけどLINKIN PARKのニュースが飛び込んできて、急遽変更しました(※収録日に訃報のニュースがありました)以前サマソニで観たけど、チェスターってイメージ的にでっかくてほっそりした感じかなぁと思っていたらすごく小柄で。あんな人からああいう声が出るなんて、とびっくりした。俺もシンパシーを受けて、もっともっと頑張ろうと思えた。ニュースを受けて曲を聴き直したときに、この曲がすごく突き刺さったので。
マタアイマショウ/SEAMO
20代のとき、これを聴いて泣いた思い出があります。“もう会えないんだな〜”としみじみ感じると後で一人泣きしている、みたいな。その時、無音じゃいられず音楽に支えてほしいと思った時にラジオから流れてきた曲。
テーマ「バンドのターニングポイントとなったヒット曲」
グロリアス/GLAY
スポーツ用品店のCMに起用されて名前を知られるようになったから、そこがスタート地点。次なるステップに上がったと自分たちで思えたのは、今まで衣装を買ってもらえなかったのに、この曲のミュージックビデオを作る時だけは一人10万まで使っていいから、と事務所から言われたから。
サムライハート(Some Like It Hot!!)/SPYAIR
「銀魂」アニメのエンディングテーマ。ストーリーとのハマりもよくて、自分たちだけで作り上げた世界が、他の作品と関わることでグッと世界が広がった。ここまでが本当に苦しくて。4枚目のシングルだったんですけど、そこまでどんどんスタッフもメンバーもテンションが下がっていって「あれ、このバンドもしかしたらやばいんじゃね!?」って失速感ハンパないけどって時にドンと支えてくれたのがこの曲。この曲の後にまたシングルが出せていけたのも、ここで元気をもう一度回復させたからだなと思って。「銀魂」というアニメと「サムライハート」っていう曲にSPYAIRは救われたんだなぁと今でも思う。

4 week talking

4 week talking

「約束」
IKE)約束を形にし始めた時期。「JUST LIKE THIS」という曲を作った時に、野外のワンマンライブでしかやらないぞ!と決めたものの、あまりやれずにいて。
初めてやったのが栄公園。そのあと野音でやって、それ以降ずっとできていなくて。毎年歌いたいな!と形にしたのが、いま富士急でやっている“JUST LIKE THIS”っていうイベントなんです。今はこれを年1で、しっかり夏をみんなで打ち上がろう!と、曲のタイトルをライブタイトルに掲げてライブを開催しています。
TERU)やっぱり約束があると、ファンの子たちは嬉しいんだよね。
IKE)これをどんどんどんどん広げていって、僕はGLAYに勝ちたいんです。あの伝説すぎる20万人のライブに。
TERU)到達して欲しいなぁ!見てみたい!
IKE)という思いを掲げて今年も頑張ります。
TERU)俺は約束を多くするタイプのボーカリスト。一個目標を掲げて、一緒にやり遂げよう!っていうタイプ。その約束自体が突拍子もないことだったり、10年後東京ドームにまた帰ってくるとか、ベネチアでライブやろうとか、大きなものはある。

IKE)バンドってドラマがありますよね。
TERU)でもそのドラマをファンの子達と共有していくと“こんなドラマがあるから私応援しているんだ、支えているんだ”っていうのがあるんですよね。
IKE)ライブをやって届けて、CDを出して届けてっていう作業をやっているだけでなくって、ファンの人たちと人生の共有。全てを共有することはできないけど、音楽っていうものを通して一緒に体験できてるっていうのは支えあってるんだなって。
TERU)ファンの方との距離感ってどんどんどんどん近づいてくるので、IKEくんはこの10年で距離感がどんどん縮まっていって、40半ばになると本当にね、遠い親戚みたいな感じになってくる(笑)
IKE)でも、僕も思ってました。なんかバンドが大きくなるとファンの方の中で遠い存在になってしまって寂しいみたいな声を聞いたことがあって。いや違うんだよ、大きくなると自由度が上がってもっとライブに頻繁に行けるようになるし、音源もしっかりみんなに届けられるようになるから、これはきっと近くなっていくんだ!ってことに途中で気づいて、やっぱ大きくなるべきだなって今でも思ってます。

on air楽曲

テーマ「貸し借りした曲」
1999/Siam Shade
IKE)しびれるロックなサウンドですごく男らしいな〜と。ロックが好きな女子に借りた。ギターを全面に押し出した感じがすごく好き。
Hey Baby/No Doubt
TERU)2000年頃からバンド、スタッフ間でCDを貸し借りするようになって。大好きなアルバム「ROCK STEADY」から。かっこよく進化できるバンドってことで好きだった。グウェンちゃんが色気バンバンで、惚れない男はいないなっていう。
テーマ「仲のいいアーティストの曲」
Dear Me/BACK-ON
IKE)今では30を超えてやっと仲良くなって、昔の態度が悪かった時の話もするほど。今でも、いざライブやったら絶対負けたくねぇ!って意識があるし、これからも音楽頑張っていこうぜ、と思える仲間。BACK-ONでいい曲。歌詞が心に響いてくる一曲。
花になれ/flumpool
TERU)ライブを見に行って、いろいろ話しているうちにGLAYのライブにも遊びに来てくれるようになって。僕は誠治と隆太くんとよく話をしたりご飯に行ったりする。初めてこの曲を聴いてかっこいい、良いバンドだなぁと思った。
テーマ「約束、と聞いて浮かぶ 自分のバンドの曲」
JUST LIKE THIS 2015/SPYAIR
IKE)レコーディングで完成した時に、初めて自分たち自身が曲に感銘を受けて痺れた。「なんかすごいのができた!だから大事にしよう」という感覚で。だから野外のワンマンライブでしかやらない曲にしようと、約束事として決めた。
またここであいましょう/GLAY
TERU)東北の震災があったあとに6県ツアーをやって、この曲を披露。またこの曲を東北で歌おう、お互いに頑張りましょうという約束の曲。